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和歌山家庭裁判所 昭和51年(家)40号 審判

申立人 土方美知子

相手方 生田登代子 外二名

主文

別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各不動産を相手方土方正之に取得させる。

相手方土方正之は申立人土方美知子に対し一四三七万円を支払え。

申立人土方美知子は、相手方佐久子に対し別紙物件目録(一)及び(三)の不動産につき昭和五三年六月一六日なした持分移転登記の抹消登記手続をなせ。

申立人土方美知子、相手方生田登代子及び相手方土方佐久子は、相手方土方正之に対し上記各不動産につき遺産分割を原因とする持分移転登記手続をなせ。

鑑定人○○○○に支給した鑑定料二九万円はこれを二分し、その一は申立人の負担とし、その一は相手方土方正之の負担とする。

理由

一  本件申立の趣旨は、被相続人土方幸三郎は、上記最後の住所で昭和四九年五月一四日死亡し、その相続人は各嫡出子である申立人及び相手方三名であるが、別紙物件(一)ないし(四)記載の不動産について遺産分割の協議が調わないので、これが適正な分割の審判を求める、というにある。

二  当裁判所は、本件記録中の各戸籍謄本、各不動産登記簿謄本、当庁家庭裁判所調査官の調査結果、申立人及び相手方三名の後記の各審判期日における各陳述その他後記の各資料の他本件記録にあらわれた各資料を総合し、以下の諸事実を認めて次の通り判断する。

1  被相続人は、末みつえ(昭和四八年五月一八日死亡)と婚姻し、申立人及び相手方三名をもうけ、上記最後の住所(自己所有の別紙物件目録(一)記載の宅地及び同地上の店舗兼居宅、木造瓦葺平家建家屋番号二三七番)に居住して、八百屋を営んでいた。

昭和二八年頃上記建物を取毀し、建物の滅失登記をしないまま、その跡に別紙物件目録(二)記載の建物を建築し八百屋営業を続けていた。

相手方土方正之が成人し、昭和三八年一二月に結婚式を挙げ、その後も被相続人夫婦と同居していたが、その翌年二月頃上記八百屋営業を相手方土方正之に譲渡した。

2  (イ) 被相続人夫婦は、その後も相手方土方正之と同居してその扶養を受けていたが、被相続人は、昭和四九年五月一四日死亡し相続が開始した。

相続人は各嫡出子である申立人及び相手方三名である。

被相続人の遺産は、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各不動産である。

その評価額は同目録評価額欄記載の通りである。

(ロ) 申立人は、同目録(四)記載の建物もまた遺産である、と主張している。

しかし、当庁家庭裁判所調査官の調査結果就中相手方土方正之、同土方佐久子、同生田登代子及び参考人山崎とみゑの同調査官に対する各陳述、相手方土方正之提出の建築確認通知書、山内良三作成の証明書、建設業者登録工事経歴書、○○銀行発行の土方正之宛貸付金利息計算書、家屋貸借契約証書、相手方生田登代子他四名作成の証明書、国民金融公庫○○○支店作成の貸付金残高証明書の各写の他相手方土方正之、同生田登代子の各審判期日における各陳述等を総合すると、上記建物は相手方土方正之が、被相続人の宅地使用の承諾のもとに、自己の手持資金約二〇〇万円、被相続人名義を用い、その実は相手方土方正之が借主となつて国民金融公庫から借受けた一〇〇万円、建築後の入居予定者らから受領した敷金八〇万円、○○銀行○○○○支店から借受けた一〇〇万円等合計約四八〇万円を投じて山内建材店こと山内良三に建築施工を依頼して建築したもので、相手方土方正之の所有建物であると認めることができる。

右認定に反する証拠はいずれも措信できない。

(ハ) 申立人は、別紙物件目録(一)及び(三)の各不動産につき、昭和五〇年四月一四日申立人及び相手方三名の共同相続登記を単独でなし、昭和五三年六月一七日に申立人において相手方土方佐久子から各持分を譲受けた旨登記手続をした。

3  (イ) 申立人は、「相手方生田登代子は婚姻の際八〇〇万円ないし一〇〇〇万円相当の嫁入荷物の贈与を受けているから、これは特別受益として持戻の対象となる」旨主張している。

しかしながら、右主張事実に副う申立人の昭和五一年二月九日の審判期日における陳述によつても、これを認めるに十分でなく、却つて前顕当庁家庭裁判所調査官の調査結果によれば、相手方生田登代子が申立人主張のような金額の婚資の贈与を受けた事実はないと認めることができる。

(ロ) 相手方土方正之は、被相続人から八百屋営業を譲受けた際約一〇〇万円相当の在庫商品を譲受けた旨自認しているが、申立人、相手方生田登代子及び同土方佐久子はいずれも、本件遺産分割においては、右贈与を特別受益として持戻の対象とする意思はない旨当庁家庭裁判所調査官の調査において陳述しており、また本件遺産総額に比し僅少であり、これを持戻の対象とせずとも共同相続人間の公平を害するおそれはなく、また八百屋営業譲渡後共同相続人のうち相手方土方正之の扶養のみを受けていた被相続人が、右贈与を持戻義務の対象とすべきであると考えていたとは推測し難いことなどを総合勘案し、本件においては上記在庫商品の贈与は、これを持戻の対象としないこととする。

(ハ) 相手方土方正之は、「中学校卒業以来被相続人の八百屋営業を手伝い、また被相続人夫婦をそれぞれその死に至るまで扶養し、さらに遺産のうちの別紙物件目録(二)の建物につき何度か改修しており、被相続人の財産の維持増加に特別の寄与をしたものである」旨主張している。

申立人は、「申立人が婚姻前被相続人と同居中は、永年にわたつて、被相続人の八百屋営業を手伝い、登校前早朝から深夜に至るまで立働き、両親になり代つて弟妹達の面倒を見てきたのであるから、被相続人の財産の維持増加に特別な寄与をしたものと認められるべきである」旨主張している。

しかしながら、八百屋営業譲受前の相手方土方正之においても、また婚姻前被相続人と同居中の申立人においても、その主張の期間中同居家族としての程度を超えて被相続人の営業の手伝をした結果被相続人の財産の維持もしくは増加に特別に寄与したと充分認めるに足りる証拠は存しない。

また、相手方土方正之が、右営業譲受後上記建物の店舗部分の拡張や改造をし、被相続人夫婦の死に至るまで同居扶養したことはこれを認めることができるけれども、相手方土方正之の被相続人夫婦に対する扶養は、八百屋営業の譲受けと深い相関関係にあり、また営業譲受後被相続人夫婦を同居扶養し、月々小遣程度の金銭を渡す以外相手方土方正之は格別建物使用の対価を被相続人に支払つていないのみならず、店舗の拡張改造は相手方土方正之の営業上の必要に由来するものと認められる。これらの諸事情を考慮すると、相手方土方正之の被相続人夫婦の扶養の事実や上記建物の店舗の拡張改造によつて被相続人の財産の維持増加に特別の寄与があつたものと認めることはできない。

4  以上の通り本件遺産分割において、持戻義務や寄与分を認めるべき相続人はなく、また被相続人による相続分の指定もないから、申立人及び相手方三名の相続取得分は、それぞれ法定相続分によるべきこととなる。即ちそれぞれの相続取得分は本件遺産総額の各四分の一宛である。

ところで、相手方生田登代子の昭和五五年一一月一四日の審判期日における陳述、同人作成の昭和四九年八月二七日付土方正之宛の書面によれば同人は、その相続分を同日相手方土方正之に譲渡したことは明らかである。

また、相手方土方佐久子も、その相続分を相手方土方正之に昭和四九年八月一五日譲渡したことは、同人の作成の同日付の土方正之宛の書面及び同人の昭和五五年九月二日の審判期日における陳述によりこれを認めることができる。

申立人は、「相手方土方佐久子からその相続分を昭和五三年六月一七日に譲受けた」旨主張し、同人は審判期日において右主張に副う陳述をし、また別紙物件目録(一)及び(三)の不動産につき上記持分移転登記手続をしていることは前叙の通りである。

しかしながら、遺産分割前の相続分の相続人間における譲渡は何等の要式も必要でなく、また譲渡の通知もしくは登記等がなければ当事者以外の共同相続人にその効力を主張し得ないものではないと解すべきであり、遺産分割前の相続分の譲渡が共同相続人間で有効になされた以上は、その後他の相続人に二重に譲渡行為がなされてもそれは無効である。

相手方土方佐久子の前記審判期日における陳述によれば、同人が申立人主張の相続分譲渡の合意をしたとは認め難いが、仮りにその合意なされたとしても、それは相手方土方正之に譲渡された後の二重の譲渡であるから無効である。

したがつて、上記の持分移転登記もまた無効であり、申立人は相手方土方佐久子に対しこれを抹消すべき義務がある。

5  (イ) 相手方土方正之は、別紙物件目録(二)記載の建物に家族と共に居住して、同建物の店舗部分で食品中心の小型スーパーを経営するほか別紙物件目録(三)記載の宅地上にある同目録(四)記載の建物を一部倉庫とする他はアパートとして賃貸している。

相手方土方正之は、本件遺産分割において、申立人に対し債務負担のうえ同目録(一)ないし(三)の各不動産の取得を希望している。

(ロ) 申立人は、現住所に宅地及び同地上の店舗兼居宅を所有し、同所で同居の長男時雄(昭和三二年一〇月一七日生)と共に和歌山市近辺の旅館、土産物店等に土産物等を卸売する有限会社○○商店を経営し、その代表取締役であり、同社から月約二〇万円の給与を受け、長男時雄も月約一八万円の給与を受けているので生活に困ることはない。

申立人は、別紙物件目録(四)記載の建物は、被相続人の遺産であると主張し、本件遺産分割においては同目録(三)及び(四)記載の不動産の取得を希望している。しかしながら、同目録(四)記載の建物が遺産でなく相手方土方正之の所有であることは前叙のとおりである。

三  ところで、別紙物件目録(一)及び(二)記載の不動産は、被相続人の生前から相手方土方正之がそこに家族と共に居住して食料品等の販売業を営み生活を維持しているのであるからこれを同人に取得させることが最も適当であると考えられる。

次に、同目録(三)記載の宅地上には、相手方土方正之が同目録(四)記載の建物を被相続人の承諾を得て建築所有しているのであるから、仮に上記宅地を申立人に取得させるとすれば、相手方土方正之は同建物の存在する間同宅地に使用貸借権を有することになる。

申立人は現住所で、土地、建物を所有し、上記会社を経営すると共に上記会社や同居の長男もまた和歌山市○○○において宅地を有しており、必ずしも、相手方土方正之の所有建物の存する同目録(三)の宅地を取得しなければその生活維持が困難になるとは考えられない。

さらに、永年相続関係をめぐつて対立を続けて来た申立人と相手方土方正之との間において、敢えて所有建物の敷地、所有者が別異である状態を作り出すことは、将来に亘つて両者の対立を激化し、ひいてはこれら各不動産の十全な利用に障害が生じるおそれ多いと考えられる。

前叙の諸事情の他同宅地が相手方土方正之の店舗から約五〇メートルの至近距離にあり、かつ同人と申立人との相続取得分の割合が三対一であり、相手方土方正之の相続取得分が圧倒的に多いなどを考慮すると、同宅地もまた相手方土方正之に取得せしめ、同人に対し申立人にその相続取得分に相応する金銭債務を負担せしめるのが相当であると思料される。

本件遺産である各不動産の価額は総計五、七五一万円であるから、申立人の相続取得分に相応する金額は一、四三七万七、五〇〇円である。

よつて、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の不動産を相手方土方正之に取得させ、同人に申立人に対し一、四三七万七、五〇〇円を支払わせることとする。

そうすると、上記各不動産につき共同相続登記がなされていることは前叙のとおりであるから、申立人、相手方生田登代子及び同土方佐久子は、相手方土方正之に対し本件遺産分割を原因とする持分移転登記手続をなす義務がある。

本件において、鑑定人○○○○に支給した鑑定料二九万円は、これを二分して、その一を申立人に、その一を相手方土方正之に負担させることとする。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 長谷川俊作)

別紙物件目録〈省略〉

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